韓国の司法は産経新聞の元ソウル支局長の加藤氏について、一貫して無実を主張したにも関わらず無罪という判決を出したため、これで一応の決着がついた形とはなった。
しかし韓国の司法は国民世論や世界の目をやたら意識した、形だけの司法である事が裏付けられたのではないだろうか。
過去記事と重複するが、そもそも産経新聞の記事は朝鮮日報の記事を引用したものであり、セウォル号沈没から7時間とされる朴槿恵大統領空白の時間について、韓国国民の関心がない訳ないのである。
ところが記事元である朝鮮日報については行政府は何事もなかったかのようにスルーし、更に外国メディアの産経新聞を朝鮮日報が批判する内容のものまで出る始末だ。
日本では大手新聞社では産経新聞が保守思考が強く、あとは読売を除きリベラル思考が強いが、韓国に対して厳しい論調の産経新聞に厳しい処分をする事で、朴槿恵政権へのダメージを最小に減らす意図があったと言わざるを得ないが、今回の無罪もこれ以上の摩擦を防ごうという政治的な面で駆け引きによる判断と透けて見える。
無罪は当然と書いたが、そもそも法治国家であるはずの国で、なぜ拘束・起訴されなければならないのか理解に苦しむ。